このアルバム、ネット上ではポジティブに評価する声が少ないようですが、私は予想以上に(失礼)楽しませてもらいました。
まあ、評価が芳しくない理由はわからなくもありません。
そもそも、企画が始まった当初にアンケートを採って参加クリエイターを決めようと言い出した辺りから、リスナー側(とプロデュース側)には過剰な期待があったように思うのです。80年代に輝いていたあのノスタルジックな響きのゲームミュージックみたいな音楽をもう一度!みたいな熱狂がどこかにあったようで、今にして思うとやや過熱気味だったようにも思えます。
ですが、実際に参加したクリエイターの方々は期待に反して(?)もっと冷静だったようです。ひと通り聴いてみたところ、皆さんがFM音源という「楽器」に対して、経歴や思い込みにとらわれずにクリエイティブな発想で挑んでいるように感じられました。
きっと、この辺のいわゆる「温度差」というやつが、評価が上がらないひとつの原因なのではないでしょうか。
まあ、その辺の細かい突っ込みはさておき。
このアルバム、聴いているとあまりにいろいろなアプローチがあって面白いので、半ば全曲レビューみたいになりますが、ちょっと細かく話していきたいと思います。
なお、全曲レビューとしてはWiz.さんがとても丁寧なレビューをなさってらっしゃいますので、各曲について詳しくお知りになりたい方はぜひそちらをご覧下さい。
さて、前述のとおり多くのリスナーが期待していたのは一聴してわかりやすいゲームミュージック的な楽曲だったと思うのですが、そういったある意味ストレートなアプローチを見せてくれたのは桜庭統さんと細江慎治さん、古代祐三さんといった辺りでした。
桜庭さんは懐かしのウルフチーム時代を彷彿させるような音遣いで、(私みたいに)「グラナダ」とかその当時の作品が好きな人にとっては「うん、これこれ」と素直に納得できる曲だと思います。ややダークな印象を加えつつもスピード感のある展開は、個人的にもツボでした。
細江さんの曲は、今風の曲調を押さえつつもナムコ時代の「めがてんサウンド」の片鱗が随所に散りばめられていて、これまた実に“それっぽい”感じ。長い音をギュイーンと引っ張って味を出す独特の手法は、「アサルト」や「ドラゴンスピリット」などでもお馴染みのテクニック。ゲームミュージックファンにはとっては安心(?)して聴ける内容になってます。
この二人のアプローチは、自分たちが培ってきたFM音源の使い方を存分に生かすような曲作りをしているという点で共通していると思います。音源の味を引き出す勘どころはよくわかっているから、後はそれを形にするだけ、という感じ。ゲームサウンドの経験が長い両氏ならではの余裕が感じられる「横綱相撲」と言ったところでしょうか。
(古代さんについては後述。)
一方、FM音源を新しい「道具」として生かそうとしているが佐野電磁さん、大久保博さん、伊藤賢治さん、岡部啓一さんらのアプローチ。この四氏の曲を聴いていると、「FM音源ってこういう音が出せるんだ、じゃあこんな風に使ってみよう」という工夫(と試行錯誤?)のようなものが感じられます。音源の味を生かすというよりも、今の自分たちの音楽をFM音源で表現してみた、というところでしょうかね。ゲームミュージック的かどうかといえば明らかに違う曲調で、どちらかといえば一般的なテクノと言った方がわかりやすいかもしれません。特に伊藤さんの曲はゲームで聴けるいわゆる「イトケン」節とは全く違う顔を見せているところが興味深いです。お互いゲームサウンドクリエイターとしての名前にこだわらずに、FM音源による音作りを楽しんでいる姿勢をリスナーも楽しむ、というのが正解ではないでしょうか。
片や、ちょっと違ったやり方でFM音源を存分に楽しんでいたのが下村陽子さんの曲。何と言いましょうか、ローストビーフが大好きだからといってランチバイキングで20枚くらいてんこ盛りにして持ってきたような(笑)、そんな感じの曲ですね。「FM音源のこの音が好きなんです!」と言わんばかりにとにかく音を重ねていってます。アプローチとしては独特ですけど、何だかてんこ盛りのローストビーフを目の前にしてにんまりしている顔が目に浮かぶようで、個人的には聴いていてとても楽しかったです。
FM音源にはそれなりに造詣が深いはずの古川もとあきさんと相原隆行さんは、あえてゲームミュージック的なFM音源の使い方を抑えたアプローチをしていたように思えました。ちらりちらりとそういう音遣いは見られるんですが、それよりも自分が表現したい音楽をまず優先させたという感じです。それでも、古川さんの曲は聴く人が聴けば「ああ、古川さんだ」とわかるような曲になってる辺りは、やはりFM音源というプラットフォームが当時のテイストを呼び寄せているからなのかもしれません。
ゲームミュージックを離れて、もっと一般的な意味での「FM音源」を感じさせてくれたのはなるけみちこさんと高橋コウタさん。なるけさんの曲はシンセキーボードで演奏しているかのようなほのぼのとしたタッチが印象的で、キャッチーなメロはゲームミュージックファンというより80年代のシンセミュージックが好きな人に好まれそうです。世間一般的に「FM音源」と言ったらまずこういうテイストのことを言うんだろうな、と少し認識を改めさせてくれました。
高橋さんの曲は、FM音源というより「ケータイ音源」と表現した方がいいかもしれません。auのデザインケータイ辺りで鳴らしたら実によく似合いそうな、穏やかで高級感のある雰囲気がとても良いですね。これからのケータイ音源の未来を感じさせてくれます。そういえば、この企画自体は実は着メロサイトから始まったんでしたっけね、とそんなことを今さらながら思い出させてくれる一曲でした。
そして、FM音源という存在を丸ごと飲み込んでしまったのが渡部恭久さん。最初に聴いた時は驚きましたね。透明感のある音色は、とてもFM音源の音とは思えませんでした。この表現力はお見事です。しかもその音を独特のイメージを持った“渡部節”に昇華させているところがまたすごい。FM音源の良さを引き出すというより、音源ごと自分の世界に溶かし込んで再構成してしまったかのような一体感です。懐の深さを感じさせる、技ありの内容でした。
(初出時、渡部さんのお名前を間違えて表記しておりました。お詫びして訂正いたします。大変失礼致しました。)
一方、三宅優さんも独自のFM音源の世界を展開してくれたのですが、こちらの方は……すいません、言いたいことはわからないでもないんですが、ちょっとマニアックすぎてついて行けませんでした(汗)。パーカッションが延々と続く曲構成は、聴いていてちょっとつらかったです。いや、力入ってるのはわかるんですが。ごめんなさい。
……とまあ、このように、様々な方々が様々な切り口でFM音源というものへのアプローチを見せてくれたのですが……ラストに控えていた大御所・古代祐三さんの曲にはしてやられましたね。失礼ながら、イントロの最初の音符を聴いた瞬間にひっくり返って大笑いしてしまいました。
何しろまるで、「FM音源ってのは、こうやって鳴らすものなんだよ!」とでも言わんばかりの王道っぷりなんですもの(笑)。
いやはや、これをラストに持ってきたってのは間違いなく確信犯ですね。4オペ+リズム音源という、古代さんが一世を風靡した当時そのままの設定から紡ぎ出された音は、まさに当時の古代サウンドそのもの。「どうです、こういうのを聴きたかったんでしょ?」としたり顔でほくそ笑むディレクターの顔が目に浮かぶようです。
曲調は当時と違ってプログレ風なんですが、「20年ほど前にひそかに没になったアクションRPG(PC-88SR版)のラスボスの曲」と言われたら、ああなるほど、とつい納得してしまう人さえいるかもしれません。それくらいにもう“そのまんま”です。まあ、FM音源に対する古代さんの回答としては、これ以上のものはないとは思いますけどね。
……以上、最後の最後で文字通りの「圧巻」が登場したアルバムでしたが、とにかくバラエティに富んだ内容で楽しませてくれました。
ゲームミュージックファンにとっては前述の「温度差」がなくなるまで不満の残る内容に感じられるかもしれませんが、千変万化するFM音源の姿を楽しむ、という姿勢で聴けば実に興味深いアルバムだと思います。そういう意味では、「FM音源マニアックス」というのはまさに的を射たタイトルなのではないでしょうか。
次はぜひ「SCC音源マニアックス」をやってほしいと思う次第です(笑)
高橋コウタさんのあたりでアルバムの雰囲気としては収束しつつあったので、ここでエンディングっぽい落ち着いた曲が…と思った矢先にコレなんだもん。(w 飲んでたお茶を思わず吹きそうになりました。(^^;)
個人的には、古代さんは節目節目でリスナーを裏切る(って云い方は変かもしれませんが…^^;)ように新しい作風を提示してくるので、そういう意味では、かなりFM音源臭い音で、かつ、作風もご自身のルーツに近い部分を持ってきたってのは、むしろ私の中では意外でした。 それだけ、FM音源がご自身のルーツということで特別な思いとかあるんでしょうかね…??
ただ、作風があそこまでプログレ全開になってたのはちょっと新鮮だったかもしれません。 今までもそれを匂わせるような作風はいくつかありましたけど、あそこまで変拍子だらけってのは珍しいのかな、と。 むしろ、ゲームミュージックでは色々制約があってあそこまで出来ないからこそ、その反動で今回は自由に作った結果がああなったのかなぁ…なんて。 こうなると、古代さんのコメントなんかをもっと見てみたいと思って、久々にancientのページを見てみたら、何時の間にか掲示板が無くなってました。(T_T) あそこはよくご本人がコメントをされていたので、昔はよくチェックしてたんですが…
それにしても、下村陽子さんのローストビーフのくだりには大爆笑してしまいました。 これからはきっと、下村陽子さんの写真を見るたびに「ローストビーフ20枚」って思い出すんだろーなぁ、きっと。(w
SCC音源マニアックスは、個人的には期待したいところですが…果たして現役で波形メモリを使いこなせる人がどれくらいいるのかが微妙なところかも。
古代さんにとってFM音源は、やっぱり特別な存在なんじゃないかと思いますね。ゲームサウンドクリエイターとして名を成した最初の環境ですから、思い入れも強いんじゃないでしょうか。それだけに、FM音源を扱う以上はああいう音遣いをするのがひとつのアイデンティティなんではないかと思います。
でも、それで曲調まで昔と同じにするのでは、作る側としてはあまり面白くなかったんでしょうね、きっと。そういう曲がお望みならそれこそ昔のCDを聴いてくれ、ということではないでしょうか。
おっしゃるとおり、ゲームという制約に縛られずにFM音源で自由に作曲できる機会なぞ滅多にないでしょうから、思い切り自由気ままにやったというのもあるんでしょうね。FM音源マスターとしての自らのアイデンティティは主張しつつも自分の「今」を表現したかったのではないか、というのが私の読みです。
にしても、あれほどプログレ全開で来るとは予想外でした。「湾岸MIGNIGHT」でトランスに挑戦したかと思えば、今度はプログレ。機を見るに敏というか、古代さんの自在ぶりにはいつもながら(良くも悪くも^^;)驚かされますね。
他ならぬそのプログレで最近人気を集める桜庭さんが、正統派ゲームミュージックテイストでアルバムのトップを飾っていることを考えると、何やら対照的な狙いもあるのかもしれません。
>ローストビーフ20枚
受けて下さってありがとうございます(笑)
私もFM音源のああいう響きの音色が好きなので、やってることがすごくよくわかったんです。
で、その徹底的な重ねっぷりに「このまとめ食い感覚はどこかで……ああそうだ、バイキングだ」と(^^;
でも、下村さんのイメージがローストビーフってわけじゃないですからね(爆)
SCCは……たしかに、ちゃんと使いこなせる人を探すだけでも大変そうですね。素晴らしい音源なのに、このまま歴史に埋もれさせてしまうのはもったいない気がします。
称賛しておいて今さらこういうことを言うのも何なんですけど、実は私も当初はそういう内容なんじゃないかと思っていたんです(汗)
でも、それならそれで批判をすべき対象ではあるし、批判する以上はちゃんと全部聴いてみなければなるまい……ということで注文したんですが、これがまあ意外というか何というか(失礼)、予想外に楽しめてしまいまして。いい意味で裏切られました。
(本当はもっとビシバシ批判したかったんですが(笑))
何とか、再販されるといいですね。
曲調も似た感じのが続いてるし^^;
いかにもゲーム的なメロディアスな感じがあったのは細江さん、古川さん、相原さんぐらいかな。
それも曲が長すぎるのか、消化不良気味。
期待の古城さんもいまいちなボス曲みたいな感じだったし...
有名コンポーザーのやっつけ仕事集みたいな感じでかなりガッカリしました。
もう昔のノリは期待できないですね〜
やっぱり、そういう見方もあるでしょうね。
本文中でも「温度差」と表現しましたが、FM音源全盛時のゲームミュージックのようなテイストを期待して聴くと、かなり期待はずれな印象が強い内容だと思います。想像するに、「キレ」がなくて冗長で退屈だと思われたのではないでしょうか。
当時のゲームミュージックは、1ループ1〜2分程度の間に「全編これサビ」と言わんばかりにキャッチーでメロディアスなフレーズをみっしり詰め込んであるのがひとつの特徴です。それこそがゲームミュージックのゲームミュージックたる良さである、という方も少なくありません。
また、当時のゲームミュージックにはハードウェアのスペックやゲームの内容等の厳しい制約をかいくぐって生まれてきた「緊張感」のようなものがあったような気がします。そう考えると、今回の「FM音源マニアックス」にはメロの切れの良さも緊張感もなく、つまらなく思えてしまう部分がたしかにあると思います。
ですが、このアルバムにおいて厳しい制約は一切存在しません。参加されたクリエイター各氏は、思うままにFM音源という道具を駆使して自らのやりたいことを自由に表現したのです(その結果なぜか似通った風に聞こえる曲も一部ありますが(苦笑))。
制約のない自由な表現、という見地からすれば、この「FM音源マニアックス」というアルバムは、クリエイター各氏の音楽センスをじっくり味わうというのが王道なのではないでしょうか。緊張感はありませんが、むしろ逆にゆったりと、各々の作曲家としての個性を楽しむという気構えで接してみてもいいのでは、と思う次第です。
昔のノリはたしかに期待できません。なぜなら、今はもう昔ではないからです。
サウンドクリエイターとて人の子ですから、10年20年もたてば作風や考え方や音楽性も変わるでしょう。ゲームミュージックを取り巻く環境も大きく変わりました。何ひとつ昔のままであるものなどありません。そんな中で、昔そのものの姿を今に求めることなど、出来はしないのではないでしょうか。
だからこそ、古代さんの曲には驚かされました。しかし、それとても決して過去そのままの姿ではなく、現在の古代さんの姿勢がちゃんと反映しているところがやはり「今」なのだと思います。
……えーと、長々とすみません(汗)
要するに、今には今の良さがある、ということなのです。
人の好みですから、どこにどういう良さを求めるかを押しつけるつもりはありません。ただ、私はサウンドクリエイターの皆さんに今だから表現できる音楽を聴かせてもらいたいし、そこに今にしかない良さを見つけたいと思っているので、今回の「FM音源マニアックス」は充分に楽しむことができました。
昔の良さを求めるなら、昔の作品で充分。私はそう思います。
むしろ望外の喜びともいえるほど。桜庭氏・細江氏・古代氏はGM好きのGM好きなポイントを狙ってきているし、他の人もその人なりの個性や色を出していて、非常に面白かったですよ。
そうですね、このアルバムはコンポーザー各氏の個性を楽しむのが一番だと思います。
FM音源時代のゲームミュージックの面影を感じつつ、各々のコンポーザーがどんな風にFM音源を奏でてくれるのかをじっくりと鑑賞する。これが醍醐味ですね。
昔のノリを期待した人たちもいたので評価としては賛否両論でしたけど、私も買ってよかったと思ってます。