2006年07月15日

「ゲームミュージックっぽさ」って、何?

ニンテンドーDSの「世界樹の迷宮」というゲームが一部で注目を集めているそうです。
最下層に潜るのが目的という古き良きダンジョン型RPGを目指しているとかで、ネットでは10月のリリースを前にオールドゲーマーを中心に早くも盛り上がりを見せているようです。
かく言う私も、方眼紙片手に多くのダンジョンを踏破してきた経験がありますので、そういうRPGはたしかに気になります。そして、音楽を古代祐三さんが担当しているとのことなので、ゲームミュージックファンとしても注目したい作品だったりするのです。

で、先日ファミ通.comにその「世界樹の迷宮」のディレクターである新納一哉さんのインタビュー記事があったのでじっくりと読んでみたのですが……ゲームミュージックに関するくだりで、どうにも気になる部分があったので、今回はその辺りのお話をしてみようと思います。

以下、同記事より引用。
――古代さんにやっていただけるのは、なかなか豪華ですよね。
新納 そうですね。「やっていただけるとメチャクチャうれしいな」という気持ちでお願いしました(笑)。とくにサウンドに関しては、ゲームミュージックっぽい曲にしてほしいっていうオーダーをしているんです。映画音楽とか、環境音楽っぽい曲ではなく、僕らが子供のころに聴いた、胸ときめくようなゲーム音楽を鳴らしたかった。曲が聴きたいからゲームをやる、なんていうこともありましたよね。一時期、"ゲームミュージックブーム"というのがありましたが、「なんで突然そのブームは消えちゃったんだろう?」と考えると、やっぱり音源が豪華になってきて、ふつうの曲といっしょになってしまうと、ゲーム音楽である必要がないからなのかな、と。ですから、今回PC-8801のFM音源をサンプリングして使ってもらっているんです。
――へぇ〜(笑)。
新納 もちろん、それだけの音色だとつまらないので、ふつうのいい音源にプラスで、ベースの部分を88の音源にしたり、必ずその音を混ぜて作ってもらって、ゲームミュージックっぽさを強調してもらおうかなと。
……うーむ。
FM音源の音色でゲームミュージックっぽさを強調するって……どういうことなんでしょうね。「昔のゲームミュージック」っぽさを演出する、ということなら話はわかるんですが。
それとどうしても気になるのが、
やっぱり音源が豪華になってきて、ふつうの曲といっしょになってしまうと、ゲーム音楽である必要がないからなのかな、と。
という部分。「豪華な音源で鳴らす音楽は、ゲーム音楽とみなす必要がない」という風に読めるのですが、間違ってますでしょうか。
先の「ゲームミュージックっぽさを強調」のくだりといい、この発言といい、どうにも「チープな音源の音色=ゲームミュージックっぽさ」みたいな短絡的なステレオタイプが見え隠れしていて、私としては何だか落ち着かない気分になってしまうのです。

「別にそれでいいじゃないか」という方もいらっしゃるとは思うのですがが、私は「今のゲームミュージックには今の良さがある」「音源云々でゲームミュージックの良し悪しを比べることはできない」という立場をとっていますので、こういう……何と言いますか、昔の音源を偏重するような考え方にはどうしても抵抗を感じてしまうんです。

ゲームのコンセプト自体が古き良きイメージを追求しているようなので、音楽でもレトロっぽいイメージを醸し出すための小道具としてFM音源の音色を使う、というのなら充分理解はできます。ですが、それを「ゲームミュージックっぽさ」という、より一般的なイメージと結びつけようとしているところに、違和感があるのです。FM音源の音色を使うことが、即「ゲームミュージックっぽさ」に繋がるんでしょうか。というか、そもそも「ゲームミュージックっぽさ」って何なのでしょう。それは音源の音色によって左右されるものなんでしょうか?

今の豪華な音源を使っていても、昔から連綿と繋がるゲームミュージックの精神を感じさせる作品は世にいくらもあるんです。そういった作品をご存じなのかどうかはわかりませんが、一般的な音楽と同じ音源を使ったくらいで他のジャンルと見分けがつかなくなるゲームミュージック観というのは、ちょっと残念ですね。もっとも、見分けがつきにくいゲームミュージックが巷にあふれている現状を考えれば、やむからぬことなのかもしれませんが。
それにしても、FM音源の音色(と古代さん)に対するこの寄りかかり方には、どこか浮わついたものを感じてしまいます。気持ちはわからなくもないんですが、ちょっとわかりやす過ぎるというか短絡的というか、そんな感じがしますね。

とまあ、いささか厳しい批判をしてしまいましたけど、一方で期待している部分があるのも事実です。古代さんがどんなジャンルで攻めてくるのか(笑)、DSの音源とFM音源の音がいかに融合するのか、DSのスピーカーで鳴るFM音源の音はどのように響くのか……等々、興味は尽きません。おそらく、発売されたら私も買ってしまうことでしょう。

願わくば、私が赤面してこの記事を削除してしまいたくなるくらいに素晴らしい作品となりますように。


posted by まれいん at 02:51| Comment(4) | TrackBack(0) | 話題 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
一次ソースを読まずに反射レスをしますが、
「FM音源はデジタルシンセでバリバリ使われてますがなにか?」
とか
「PC-8801のサウンドにはSSG音源とかADPCMもありますがっていうかFM音源だけだと厚みを出すのがむづかしいんですが?」
とか言いたくもなるんですけど(笑

個人的なGMの「らしさ」
・ループ上等
・効果音に負けない、でも効果音を殺さない
・曲と曲の切り替えに無理が無い
Posted by たちばなみお at 2006年07月20日 00:27
えー、その一次ソースについてなのですが。
音楽面に関する内容は、相当に発言を省略したものになっているということが、とある筋から判明致しました(汗)
ということで、あのインタビュー記事だけをつかまえてあからさまに批判するというのは、あまりよろしくなかったようです。知らなかったこととはいえ、反省しております。

>ゲームミュージックらしさ
ループすることがゲームミュージックの特徴だという方は非常に多いですね。
たしかにそういう面は(昔の楽曲を中心に)あるのですが、最近のものであればループしなくてもゲームミュージックらしい楽曲は充分あり得るようになってきたんではないかと私は思っています。
わかりやすい例で言えば、サンダーフォースVの1面の「Legendary Wing」。ゲーム中では1ループしか使われていませんが、あの曲は間違いなくゲームミュージックです。
ジャンルや場面は限られますけど、ゲームミュージックを語る上でループの有無は必ずしも必要ではない時代になってきているんではないかと思うのですがどうでしょう。

効果音(SE)とのバランス……これは、最近のゲームで気になることがよくあります。SEがリアルになる一方で、音楽が背景に徹するような存在感しかなかったりすると、SEに音楽が埋没してしまうという寂しさ。
SEも含めたサウンドスケープ全体を考えるなら、音楽とSEとの組み合わせも考慮しなければ……という議論は以前にやりましたっけ(笑)

曲と曲の切り替えは、ストリーミング垂れ流しの音楽だったりする時に問題になりますね。不連続に曲が変わるときの気持ち悪さはよくわかります。あれはたしかに美しくないです。
どこかのインタビューで読んだのですが、すぎやまこういちさんはドラクエの曲を書く時に「どこで切れても不自然にならないように」ということを心がけて作曲されるのだとか。それを実現できる技術力にも頭が下がりますが、そういう風に「ゲーム中に流れる」ことを意識した気遣いというのはたしかにゲームミュージックらしさに繋がるものがあると思います。

……ちょっと話がふくらみ過ぎましたか(苦笑)
Posted by まれいん at 2006年07月22日 01:33
インタビュー記事>
ということは、ディレクター氏ではなく、記者の認識がそういうものだったということですね(苦笑
多分FM音源は過去の音源だと思ってるんだろうなあ……

ループ>
ちょっと言葉が足りませんでした(汗
ゲームの曲って、ある特定のフレーズ(主にイントロ)が集中的に流れたり、あるいは途中でぶった切られたりするわけで、するとどうしても、ミニマル的というか、「全フレーズサビ」みたいな書き方にならざるを得ないと思うんですよね。
そういう、各フレーズが断絶していることからくるループ感というか、つながってるんだけど独立している感というか、どこからでもループできますみたいなのを「上等」に込めたんですけど、あとから見たら伝わるわけないですね(瀑

不連続に曲が変わる>
これを恐れて単調な曲(音?)に逃げちゃってる部分もあると思いますが、映画を手本にするならこういう部分のテクニックも盗んでもらいたいと思います(笑
Posted by たちばなみお at 2006年07月22日 10:38
>ループ
なるほど、そういう意味でしたか。
となると、それこそすぎやまこういちさん@ドラクエ的な手法がひとつの理想になりますね。
音楽性を追求してひとつの楽曲として完成させるのではなく、ゲームの流れも考慮した曲構成を組み上げる必要がある……とすれば、それはたしかにゲームミュージックにしかあり得ない手法になりますから、結果としてそれが「ゲームミュージックらしい」ということになるのかもしれません。

>音楽の不連続性
映画的な演出を狙いながら、この点がボロボロだったのが「ツキヨニサラバ」でした。
音楽が一般的なジャズそのものであっただけに、ゲーム的な場面転換(メニュー切り替えとか)をすると次々と違う曲がイントロだけ流れては切れ、流れては切れの繰り返し(汗)
場面転換と流れる音楽の対応が充分に考慮されていなかったのが敗因で、ゲームのシステムと音楽側のイメージが食い違った故の悲劇(?)でした。

こういう例を考えると、ゲームには映画とは違う切り替えが起こりうるという点で、映画よりも音楽側で考えないといけない部分が多いのだと思います。ストリーミングが多用される昨今、この点は今のゲームミュージックにとってのひとつの課題ですね。
Posted by まれいん at 2006年07月22日 22:39
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